北海道胆振東部地震

9月6日の午前3時8分。眠りについて、数時間経った頃だろうか。
緊急地震通報が来たと思った瞬間、自宅が大いに揺れた、あまりの揺れ方にまさに飛び起きる。
立ち上がってオロオロするばかり、入り口がどちらかさえ分からないなる。
長い時間が過ぎ、やっと収まった。

TVでは震源地の厚真町は震度6強、自宅のところを見ると、震度4しかし、震度4にしては大きすぎると、職場に向かう。
社員80人近くいる中で、自分が一番乗りであった。
停電が続くが、いっこうに復旧しない。こんなことは珍しい。
冷蔵庫には前日までに作った、ソーセージ、ハム、ベーコンなどがびっちし並べてある。
2時間経った、これ以上は待てないと、保冷庫のついてある車両保冷車に、食肉加工製品を移動させ、自宅待機。
再び出社、6時の時点で依然停電、信号が点滅していない。

安全な送迎サービスができない。通常の給食提供ができないと判断し、今日は利用者さんには、休んでもらうことの連絡を一斉に入れる。
地震当日、9月6日(木)は、北海道中停電であった。
スーパーには、100人超の人が並んでいる。
コンビニも人でごった返している。
商品の棚には、おおかた何もない様子だ。
食品だけでなく、電池も在庫無し。トイレットペーパー、ティッシュの在庫も少なめ。
インバーター発電機と車両のためガソリンを購入しに出かけるが、一人5Lの制限である。
よく分からないが5Lである。ガソリンスタンドには長蛇の列である。
聞くところによると、停電のためガソリンをくみ上げるポンプが使えないようだ。クレジットカードも使えず、現金払いであった。
合わせて冷凍庫用のもののために、ドライアイスの購入にも出かける。

断水しているところが増えているという情報が有り、帰宅が必要な人を一時帰宅させる。
出社してきた職員は、朝食事を取れていないものや、昼食の当てのないものばかり、事業所にある米とソーセージ、畑にある野菜で急遽、まかない食を作り提供することになった。
北電からの発表では、この停電は少し長期になる情報も入る。
2日後に運動会が迫っているため、午前中はテント設営に汗をかく。
午後からは、野菜の収穫とハウス設営を暑い中行う。
午後4時ぐらいからは、東にある北海道は日が沈みがちになり、職員室が暗くなる。
なんやかんや大騒ぎの中、退勤時間を迎える。

勤務を終え帰宅しようと駐車場に向かうと、星空が非常に綺麗であった。
日頃気がついていなかったが、星がすごく綺麗である。天の川も見える。感動的である。数少ない良い出来事の一つであった。

自宅待機という指示の会社が多かったため、いつもは混雑する道路もゆとりがある。大きな交差点の信号はなんとかついていたり、警察官が誘導している。
無事帰宅すると、やはり真っ暗である。ただラジオだけつけるだけである。
そしてさすがに疲れたのか、生きている水道とガスを使い、カップ麺を食べ、布団の中で眠ってしまう。

午後10時近くになって、自宅前の水銀灯がついているのに気づく。もしやと思いブレーカーをあげると、電気がつくではないか。大きな病院の近くに住んでいるため、復旧が早かったようである。
TVで震災の状況を見ると、ラジオで聞いていたのとは違い、実にリアルである。
一段落してからお風呂に入る。
前日に入浴できていなかったため、このときばかりは本当にありがたかった。

地震後2日 9/7(金)
営業するかどうか、朝6時半の時点で確認。自宅が復旧していたので、すっかり事業所も大丈夫と思っていたが、何んと電気の復旧はまだであった。
営業しないという残念な連絡を各家庭に入れることになる。

また朝一で、明日の運動会の昼食を頼んでいた「ほっともっと」から、250食のお弁当の提供ができない旨の連絡を受ける。当然、運動会は中止になる。
午前中は、準備しておいたテントや器具の片付けと畑の野菜の管理。
午後から、保護者に明日土曜日の運動会中止と、明日停電が復旧すれば平常営業の案内を伝える。

そして再びハウス設営を行う。
またガソリンの給油にも出かけるが、この日は一人50L制限となっていた。
電気の来ているスタンドでは、クレジット決済ができるようになる。

いつもとは違うこの内容に職員はくたくたである。
隣の事業者は、トイレ、お風呂を湧水を使っていたが、停電のためポンプが動かず万事休す。
停電からずっと、トイレ用の水を池から汲んで対応している。お風呂ももちろん無縁である。
それに比べると、まだ自分たちはましのようである。

午後3時から、明日の連絡を家庭に入れる。
同様に朝6時半に電気が来ていると、営業。来ていないと非営業という連絡を入れる。
しかしTVで伝えられているように、固定電話、携帯電話が非常につながりづらい。
いくら掛けても、1/4の家庭には繋がらず。家庭訪問し対面で伝えることになる。
そんなことで、2日目を終える。

帰りがけにはじめて、大手スーパーに立ち寄ったが、思いの外食品があったように感じた。
お弁当、総菜、パン、魚、納豆、豆腐、牛乳など乳製品はがらがらであった。
しかし、飲み物、お菓子、野菜類は、意外にあるではないか。
贅沢を言わなければ、申し分なしである。
帰宅すると、wifiやインターネットの調子が今ひとつである。
NTTの基地局のバッテリー切れが原因なのか?
また友人や家族から電話もぽつぽつ電話が入るようになる。

それにしても2日目も疲れる。
深夜の12時近くなり、事業所の電気が復旧という連絡が入る。
事業所の駆けつけ、保冷車の荷台から、冷蔵庫に食肉加工製品を搬入する。
これですべてが終わった。
後は再度出勤して片付けをするだけであった。

北海道のインフラは、99%電気が復旧、節電の対応をしなければいけない。
新千歳空港からも飛行機が飛び始めている。
北海道内の特急は明日ぐらいから、徐々に正常になり始める様子である。

いつか北海道に大きな地震がくる。
これは、常に言われていることであった。
でもブラックアウトによって、北海道中が停電になるとは、誰も想像していないことであった。
今回はまだ夏の終わり頃、これが真冬の12月から3月ぐらいの間に起きたらどうなっていただろう。
ストープを付けたり、床暖の恩恵に会うことができなかったら…。
そんなことを考えると、実に怖い。

最後に、今回は厚真町の人、その周辺の人たちは、筆舌しがたい被害を被ることになった。本当のお悔やみ申し上げます。

食品表示検定試験(初級)ささやかな合格体験記

6月に受験した食品表示検定試験(初級)の合格通知が届いた。
今回訳があって、この試験を受講することになった。
次回は中級を狙うことになり、しばらくはお勉強が続くことになる。

これは仕事の関係で、少しでも食品のことを勉強する必要性が感じられためである。
それは食品細菌検査を実施して、思っていたものとあまりに違い、落胆する出来事があった。
できることなら、ハサップを来年狙ってみるためには、自分がやるしかない。
と決心したためである。

難易度も期間内で、きちんと勉強すれば合格できるものである。
食品関係無関係の自分では、一日2時間ぐらい3ヶ月勉強すれば大丈夫であると感じた。
しかし、この検定試験に気がついたが、ギリギリになって実際には、2ヶ月ぐらいの勉強期間であった。

勉強方法は、定番である288ページあるテキストをまずは一読する。
そして過去問をとく。
しかし、すぐに大変な問題があることが分かる。「過去問がない」ということである。
書籍として出ていないのである。どうりで、ヤフオクやメリカリで売られているわけである。

相場は、一つ2,000円ぐらいである。
なるべく直近のものを次から次へと落札し、過去問をゲットしていった。5回分で1万円を軽く超えてしまった。

受験情報の中で、その協会の受験対策セミナーには、是非参加すべしと。誰もがいっている。
そのセミナーでは、前回の試験問題が配付され解き、説明を受けるといいうことらしい。
確かに、過去問がないなら、この直前対策セミナーに出るしかない。
自分の実感では、初級については過去問を5回分解いているのであれば、十分合格圏内に入れると思うので、セミナーには参加は無用と思われる。

そして食品表示検定試験チャレンジ隊(資格取得、合格への挑戦)
このサイトが本当にためになります。
最初にテキストを一気に1週間から10日ぐらいで、読み。
それからこのサイトと。協会のHPから初回からの試験問題のをダウンロードし解いておくと、記憶に残るだけでなく、出題の傾向も分かる。
そして仕上げに過去問。
最後に過去問の間違いを確実にに覚えながら、もう一度テキストを読み返すと、今までわからなかったことが、わかって来るようになる。
なんだかんだで、テキストは3回ほど読むことになり、無事合格しました。
次は11月の中級試験に向けて頑張ることにしよう。

ちょっと小樽へ行って来る

先月、7月13日食品表示検定試験のため、札幌へ行く。
午後から5時間ほど時間があったため、小樽へと足を伸ばした。
久しぶりの小樽は、小雨の札幌とは違い、雲がどんよりとしていたが、雨も降らずなんとか持ちこたえていた。
気分転換におなじみの観光スポットを歩くが、平日だというのにアジア系の人たちが、この小さな町に集まっていた。
子供頃、この小樽運河は確か、異臭を放つなど問題になっていた。
しかし、何十年も前から改善がなされ、今ではとっても風情があるスポットになった。
10代の頃はよく、自分は山の方で育ったため、小樽など海の近くで育った人は、自分とは少し違うのかなぁ?
なんてつまらないことをよく考えたものである。
小樽に作家、特にSF系の人が多いこと、石原裕次郎、慎太郎兄弟が育ったところ、などでも知られている。
札幌と小樽は、30、40分と意外に近い。
ちょっと小樽まで足を延ばすと、素敵な何かに出会えるかもしれない。

日高晤郎がいない

4月3日にあの日高晤郎が亡くなってしまった。
享年74歳。
北海道では毎週土曜日朝の8時から、夕方の5時までSTVラジオで日高晤郎ショーが流れていた。
日高晤郎は、世間の出来事や人物に対して、辛辣な言葉で知られている人であった。
確かに、番組をよく聞かないでちょっと聞いたぐらいでは、そのような評価を受けてしまうかもしれない。
しかし長く聞くに従って、厳しさの背後にある優しさや、物の見方、勉強することの大切さ、そして生きる上での覚悟などを学ばさせてもらった。
その日高晤郎ショーを聞けなくなったのは、本当に寂しい。
9時間に及ぶラジオ番組、中でも「芸能偏見株式市場」と「読書三昧」、「北の出会い」が好きだった。
車での移動中に、特にエンディングに近づく頃、夕日の中この日高晤郎ショーをしんみり聞くのが何より好きだった。
晤郎さん、ゆっくり休んでください。

アディダスのウィンドブレーカー購入

久しぶりにウインドブレーカーを購入する。
今回は、秋から冬期間着用する厚手のものを購入した。
日頃、ウォーキングや登山とかで、この手のものが必要となる。
2年ぐらい前から更新を考えていたが、なかなか安く購入できるものがなかった。
特にデザインや着心地で納得のいくものがなかった。
ひょんなことから、値下げ品を目的にアルペンに行ってみるとあるではないか。
お気に入りのアディダスが50%引き。しかも上下で6,500円であった。
サイズは一回り大きいものを購入。
これで少なくとも5年ぐらいは、ウインドブレーカーのことは考えなくて良さそうである。

高梨沙羅 銅メダルおめでとう 上川町を旅して感じたこと

平昌オリンピック女子スキージャンプノーマルヒルで、堂々の3位銅メダルである。
ワールドカップで表彰台に上がることなく、結果が出ない中で銅メダルを取れたのは、今回は実力を精一杯出せたのではないだろうか?

高梨沙羅と言えば、どうしても出身地の上川町のことを思い出す。
上川町といえば、層雲峡があるところで、夏場は登山、冬はスキーなどで出かけることが多い町である。
年に1度は泊まりを兼ねて出かけたりもする。

町は非常に小さく、30分もかからないで歩いてしまえる。
夜飲みに行けるところも1件ぐらいしかなく、午後8時になるとほとんどの店が閉まってしまう。
夕飯をホテルや民宿でとったあと、街に繰り出すと本当に寂しい、小さな商店街もほとんどがしまっている。
ただし、小さなJR上川駅だけは、交通の要所のようで、深夜まで列車の発着があり、煌煌と明るさを保ち周囲の風景から浮き上がっているように見えていた。

そんな上川町であるが、どこの商店、スーパー、公共施設、もちろんJR上川駅も、水色の高梨沙羅を応援するポスターが貼られている。
どこへ行っても、綺麗に貼られているのである。
本当に町をあげて応援をしていんだなぁと、感じる。
小さな町をあげての応援である。

同時に本人はかなりのプレッシャを感じているのではないだろうか、とも思った。

ソチオリンピックの時は、ワールドカップで連戦連勝のころで金メダル確実と言われていた。
絶好調の中で臨んだソチオリンピックでは、4位と本当に不甲斐ない結果に終わってしまう。
日本中の人の期待に応えることができなかった。

今回はソチオリンピックの雪辱を果たすため、平昌に来た。
決して調子が良かったわけでも、ワールドカップでも表彰台に登ることができたわけでもなかった。
メダルは難しいのではないかと、思う人も多かったのではないだろうか。

そして今回の銅メダルである。
高梨沙羅自身はもとより、上川町の人たちも本当に喜んでいることだろう。
同日、スケートの高木美保が銀メダルを獲得した。とても素晴らしいことである。
しかし、テレビの報道ぶりを見ると、あのソリオリンピックの痛い経験を超えた、高梨沙羅を称賛する声の方が強かったように感じた。

なんだか近いうちに、また上川町に行ってみたい。そんな気がした。

フライングガールズ 高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦
クリエーター情報なし
文藝春秋

花粉症 アレルギー性鼻炎 蓄膿症 鼻茸にはエネマシリンジ(多目的洗浄器)を使っての鼻洗浄、鼻洗い、重曹鼻腔洗が効果がある。

子供の頃からアレルギーで鼻炎に悩まされてきた。
テレビや雑誌で鼻洗浄、鼻洗いが効果的だと言われている。
一日1回から2回、特に2回行うと、効果的とされる。
これはアレルギー性鼻炎だけでなく、花粉症や蓄膿症、さらにもう1段進んで鼻茸を患っている場合も効果がある。
ご覧のように鼻洗浄にはエネマシリンジ(多目的洗浄器)が一番使いやすい。
今回も自宅近くのドラッグストアーでは見つからなかったので、Amazonを利用する。
ただし、このエネマシリンジ(多目的洗浄器)は、とにかく見た目が悪い。
特に使用して鼻洗浄、鼻洗いしている姿は、決して他の人には見せられない。
台所に掛けておいているが、異物感が強い。昭和のときの産物に見える。
しかし、最近流行りのものより、安く耐久性があるのがいい。
一応、ぬるま湯に塩を入れて鼻洗浄、鼻洗いを行うが、おすすめはこれに重曹を混ぜることである。

ある本ではこれを重曹鼻腔洗いと名付けていた。
ぬるま湯500mlに塩5gと重曹2.5g

最近はこの方法で行っている。
重曹を使うことで副鼻腔炎で見られる、取りづらい黄色いネバネバしたものが取りやすくなる。
習慣化していくと鼻洗浄をしないと、とにかくスッキリしない。また風邪を引きづらくなる。

今回購入した、エネマシリンジ(多目的洗浄器)の写真のアップを投稿するが、一番安いのを購入したためかいくつも欠点がある。
・作りが悪い 接合部や末端などの精度がいまいち
・材質が悪い 全体のゴムが固めである。白いプラスチッくの部分も安物チックである。
やはりおすすめのものは、いつもの製品である。

エネマシリンジ(多目的洗浄器)
金石衛材

おすすめは、数百円高いこちらの製品です。
レビューの多さからもわかります。

ルービックキューブ購入 脳トレ、認知症予防に活用

最近、脳トレを少しずつ考えている。
もとはといえば、両親の認知症予防のことを考えたのがはじまりである。
同時に、自分もそろそろ脳トレのことを少しずつ始めても良いのではないか、ということも思うようになってきた。
それで、トレーニング本など色々ものを購入し揃えてきた。
ルービックキューブは、その中の一つである。
自分が小学校、中学校のときに流行したことを強く覚えている。
残念ながら、自分には難しく全面クリアーすることができない思い出もある。
しかも一番年の離れた弟が、あっさりクリーアーし自分がいくらやっても4面クリアーぐらいで終わっていた。
今回はそのリベンジでもある。
ルービックキューブについて調べると、そのやり方についてのHPもいくつもある。
その方法を参考にすると、こんな自分でも何とか全面クリーすることができてしまう。
今現在は、いちいち手順を確認しないと完成できない状況である。
はやく、覚え身につけたい。

厚岸漁協直売所 17周年大感謝祭

6月3日、4日厚岸漁協直売所の17周年大感謝祭に行ってきた。
父が入院していたため、実家に帰っていたところ、母に安い海産物を購入したいとせがまれ車を厚岸まで走らせた。
何のことはない、直売所の前で海産物の販売をしている。
最初に予想していたより、ずいぶんと小さい規模のお祭りに感じた。
母は早速さけを数匹購入し、本州にいる親戚まで送る手配をして、最後に厚岸名物のカキの炊き込みご飯とあさりの味噌汁を僕の分まで購入し、二人で少し早い昼食とした。
食後は早々と会場を出たが、久しぶりに厚岸に来たので、少し車を走らせてみた。
町並みは意外に廃れた様子もなく、子供たちもいっぱいいるように感じた。
夏の天気のよいときに、もう一度来てみたいと思うような好印象だった。

寒い日が続く

1月は非常に寒い月であった。
-28℃といった極寒にあり、マイクロバスや自家用車のエンジンがかからない、ということがあった。
今週ぐらいから、少し一服をしたようで寒さが遠のいたような状況だ。
しかし、家も古い、車も古い、そして人も古いという中では、何かしらトラブルに遭ったもおかしくない。
とにかく4月まで、安閑とした日々が続いてほしい。