転勤

4月から人事異動の関係で転勤となる。
まぁ、同じ町内なので転勤という意識は少ないが、全く違った環境の中、たった一人で乗り込むには少々気が引ける。
そんなことを良いながらも、10日ばかりが過ぎた。
平成28年度がスタートと思いきや、前年度のものが、まったく終わっていない現状にいらいらが募る。
早く前年度のものにけりを付けて、正真正銘の今年度のスタートを切りたい。

釧路市出張の夜

昨年の12月の中旬、仕事の関係で釧路市に出張する。
夜間、なかなか眠れなかったの宿泊先から近い、幣舞橋に夜景を撮りに出かけた。
撮影中、救急車、パトカーなど、10台ぐらいやってくる。
聞くと、釧路川に2人の人が落ちたとのことである。
幸いにも、無事に救出され事なきを得たとのこと。
これだけの、事件になったにも関わらず、翌日の新聞やTVには一切触れられていなかった。

大津港大漁まつり 平成27年12月6日

昨年の12月6日に大津港大漁まつりに行ってきた。
愛車レガシィツーリングワゴンを飛ばし、USENを聞きながら行ってきた。
安い魚介類や珍味など購入できれば、御の字。
ざっくり言えば、ドライブである。
行ってみると、小さなお祭りそんなに人は来ていないだろう、と思っていたが駐車場は車がいっぱいであった。
祭りが始まって、2時間を経過していたので、なかなかいい買い物はできず。
余ったものが割引されたものを購入するだけであった。

アディダスオンラインショップ 今年の福袋

今年、久しぶりの福袋を購入した。
今回は、アディダスオンラインショップ 1万円コースのものである。
前回は、アディダスが売れきれで、泣く泣くリーボックに変更したが、あまりいいものがなく残念な記憶が残っている。
今回は、どうしてもアディダスのものが欲しかったため、発売日が不明であったため、昨年の発売日の数日前から、毎日チャックしていた。
発売日、当時に購入できたが、もうすでに各コース売れ切れが続出であった。
幸い、メンズ1万円コースがまで完売を免れていたので、それを購入することにした。
中身は、写真のとおりである。
ジャージが2セット入っているのは、嬉しい誤算である。

中国・四国家族旅行5日目 高知城 坂本龍馬記念館 10月26日

最終日は、午後から羽田経由で帰宅するため、午前9時から高知市内を観光した。
最初に高知城を見る。天守閣が現存する数少ない城郭である。TVなどで見ていた見慣れた風景が広がる。
天守閣の中には、当時の城下町の様子の模型や、鎧や着物なども飾ってあった。
一番上の階からは、高知市内を見渡すことができる。
高知城を見学した後は、坂本龍馬の銅像や桂浜、坂本龍馬記念館を見ることした。
あこがれの坂本龍馬に関するものを、一気に見たわけだか、時間がなくポイントとなるものをかいつまんで見る感じだった。もう少し時間があれば、といった感じであった。
個人的には、高知市は意外に見るところが少ない気がした。おそらくこれは、準備不足であったことが大きい。もっと調べてから行くと、もっと楽しむところがいっぱいあるのだろう。
午後、予定の時間になったので、高知空港から羽田を経由し無事帰宅する。

中国・四国旅行4日目 四万十川 足摺岬 10月25日

旅行4日目は、最終目的地高知市を通過し、四万十川足摺岬へ向かう。
四万十川までは、高速道路中心である。
交通の流れは、日曜日にもかかわらず、順調な流れである。
ただし、市街地もそうであるが、四国に入ってから、ガソリン代が非常に高いことに気がついた。
さて、四万十川にいくつもある沈下橋を見ることを楽しみにしていたが、とにかく道がわかりづらい。
正規のルートを走ったとしても、沈下橋を見るためには、道幅の非常に狭い道をずっと通らなければならない。
よくこれで事故が起きないものと、感心するばかりである。
有名な岩間沈下橋などを見たあとは、頑張って足摺岬へ行ってくる。
名所を一巡したあとは、高知までの帰りは一車線でスローペース、あやうくホテルの夕食に間に合わないかと思ったくらいであった。

中国・四国旅行3日目 倉敷美観地区 金刀比羅宮 10月24日

旅行3日目は、宿泊先の目と鼻の先の倉敷美観地区観光から始まった。
倉敷にやってくるのは、ずっと待ちわびていた。
しかし、実際に見ると思い描いていた随分違い、小規模で見どころも少ない感じがした。
約1時間ぐらいで、名所を見てあるき次の行き先に向かうことになった。
それは、金刀比羅宮である。
途中、あの瀬戸大橋を通過したのも、わくわくしたものであった。
金刀比羅宮は、登り始めは両脇に店が立ち並び、その間をせっせと歩いて行く。
お店も売る気満々のところもある一方、商品に埃がかかり全く売る気のないところもあった。
そういうところを通過していくと、本格的な寺院参拝という感じになるが、今度は両脇に寄付したした人の寄付金と名前や団体名の書かれた石碑のようなものが並んでくる。
もっと神聖な場所かと思っていた。全くもって興ざめである。
肝心の歩みの方は、自分自身はテクテクと頂上まで登り切ることができたが、70歳を超えている両親は結構苦しそうであった。
時間を見ると、休み休みしながら約1時間半ほどで金刀比羅宮にたどり着く。
周囲は休憩所で汗を拭く人でいっぱいだ。
帰りも今度は下り坂を歩くわけであるが、これがまたきついそうで、年配者の皆さんは手すりを使ったり、杖を頼りに下っていく。
無事、下山完了すると、時間があったためホテルに直行せず、旧高松城跡を見ることにした。

中国・四国旅行2日目 10月23日

旅行二日目は、宮島のロープウェイを使い弥山に登り、その後は厳島神社の観光となった。
弥山はロープウェイ後も1時間ほど歩かなければならなく、高齢者には結構苦しいようだ。
僕は難なく頂上の展望台まで行ってしっかり写真を撮ってきたが、両親は9合目ぐらいにあるお堂で脱落。
また外国人の方も次々と登っている。広島は本当に国際都市である。
また気がついたことであるが、広島側から四国側を見ると、瀬戸内はすきっと晴れるようなことは、少ない感じがした。よくよく考えてみると、何故だかガスがかっている写真が多い気がする。
今回の旅行の眺望も今ひとつだったのは仕方が無いのだろうか。
さて、弥山を下りた後は送迎バスで厳島神社に行ったが、バス停で待っている間に、両親と同じ年齢ぐらいの団体客とお話をする機会があった。
本州の各地から集まり、登山やら旅行やらを楽しんでいるとのこと。
改皆さん本当に足腰もしっかりして健康そのものであった。70歳代を迎えるにあたっても、日頃の鍛錬で健康状態はずいぶん違うようである。
定年後いろいろ楽しむためにも、日頃から体力作りをしっかりしないといけないことを痛感した。
次の観光先の厳島神社は、ずっとあこがれてきたところである。
テレビや雑誌では何度も見たことがある、実際に行って本当にその素晴らしさにため息。
またいつか来てみたいと思った。
そもそも潮の満ち引きを考慮しながら、このような神社を作る発想がすごいではないか。そして朱色も本当に良い。絶妙である。
そんな厳島神社を楽しんだ後は、ホテルに荷物を取りフェリーに乗り、下船後レンタカーで高速道路を使いながら倉敷に向かった。

中国・四国旅行 一日目広島への移動日

会社の50週年記念での特別休暇を使いながら、10月22日から両親を連れて、中国・四国旅行へ旅行へ行ってきた。
両親の年齢から考えると、元気で旅行を楽しめるのもこの辺が最後との思いもあった。
また父が自分の父親や兄弟の育った故郷を見てみたいという、願いもあり一大決心で計画を立て実施した。

初日は羽田を経由し広島空港まで行く。そこからは、レンタカーを利用しての旅行である。
田舎者の自分としては、広島はとても大きな街で街なかをレンタカーで走るのはとても大変であった。
特に暗くなってからは本当に緊張しながらの運転であった。
さて、少し無理をすれば明日からの行程が楽になると思い、宿泊先へ行く前に、急遽広島平和記念公園原爆ドームを見学することにした。
もちろん広島原爆資料館にも立ち寄ったが、資料館は期待が大きかったためか、中は以外に小さくまた展示物が老朽化が進んでいたのが少し残念であった。
20年ぐらい前に行った長崎の記念館の方が良かったような印象がある。
外国からの見学者も多いことも想像していたが、見学者の半分弱ぐらいは外国人であったのは、少々びっくりした。
さすがに、ICレコーダーなどの電子機器を駆使し英語での説明や通訳ガイドの配置など、そのへんはとても配慮が行き届いていた。
現在新しく展示場所を作っているということで、本来の資料館ではなかったのは本当に残念であった。
平和の灯や原爆ドームなども見学したが、誰もが手を合わせていた。
歴史の重みや原爆の悲惨さを感じた。
その後は宮島へとレンタカーを飛ばす。
フェリー前の駐車場で車を止め、JR西日本フェリーに乗船し、宮島に到着すると待っていたホテルの送迎車で宿へ向かう。
宿泊先は錦水館というところで、とにかく接客、料理がとても良かった。
今回両親と一緒に行く最後の大型旅行ということもあり、予算もいつもより多めにかけていたため、自分的には随分と贅沢な旅行となった。
夕食後は、厳島神社まで徒歩で5分ぐらいということもあり、両親を誘って出かける。